Camino day 22
Moratinas to Bercianos
なんだかよくわからないけど足が痛い。
なんだかよくわからない日焼けが足首にできている。
はっきり言おう
や め た い ! w
正直、私の贖罪への答えは出た。
どう捉えてこの先、生きていくかも。
しかも、よくよく思い返して考えてみれば、もう歩き始めた1日目、最も辛かったピレネー越えの日に既に答えは出てたかなと。
歩いている最中、いろんな人に出会ったり話したりして、それが段々確実なものになったにしろ、
それは再確認でしかない。
そう、このカミーノは再確認することが多いのだ。
例えば、家族や友達の大切さ…
そんなこと、誰でも知ってますよね?
親の有り難さや愛情、家族の尊さ。
でも、それを痛感するのだ。
母親を亡くした人の話や
子供を想う父の言葉を聞けば、
その当たり前の道徳的な綺麗文句が心に刺さってくる。
しょーもない話しかしてこない同年代と一緒にいると、自分の友達がいかに刺激的で尊く大切かが染みてくるという反面教師的な側面もある。
他にも健康、視力、聴力、食、音楽、言語、インターネット、トイレなどその他諸々の【当たり前】なものの大切さや有り難みを痛感する。
なんだかんだ、私は幸せなのだと、気付く。
私が今のところ、この巡礼で新しく学んだことはない。
多少の英語とスペイン語くらいかな。
すべてはまるで復習のよう。
人に優しくしましょう、とか、小学校の道徳で習うようなことを、毎日復習しているみたいなのだ。
それから、
あー、親を大切にしないとな。
友達って尊いな。
彼氏大好きだな。
結婚したいな。子供欲しいな。
英語話せてよかったな。スペイン語話せるようになりたいな。
やっぱりなんかアメリカ好きじゃないな。
元カレにもいいとこあったな。
日本ってやっぱ最高だよね。
健康第一だな。
生きてるって素晴らしい。
こんな、別に前々からとっくにわかりきっていたことを、それぞれ何かしらのエピソード付きで実感するのだ。
それだけかって?
うん、それだけだよw
でも、実感に至るまでのドラマは、日本で普通に生活していたら、遭遇しないものばかり。
だからなんだよ…とも感じながらも
それでも、てけります。
なぜなら…
みんなに宣言してきてしまったからw
まじか…まだそんなにあるのか…
ってこれ、嘘だったから。
本当はもっとありましたw
誰だ、書いたのw
つら!笑
アルベルゲもう嫌だよー…
だから、今日はホテルで1人部屋。
1人で過ごせるの、快適すぎる。
あー帰りたい。
(ちなみにあと数日後には巡礼していてよかったとか言い出します。←オンタイムでは楽しんでいる渦中ですw)
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